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神戸地方裁判所姫路支部 昭和38年(ヨ)39号 判決 1963年11月21日

申請人 香山巌

被申請人 日伸運輸株式会社

主文

申請人が被申請人に対して提起すべき本案判決の確定するまで仮に申請人が被申請人の従業員であることを定める。

被申請人は申請人に対して昭和三八年三月二一日から右本案判決の確定するまで一日金五四五円の割合による金員を既に経過した月分は直ちにその後は毎月二〇日に締切り月末日の前日に仮に支払え。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

申請人訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め、申請の理由として

「一、申請人は昭和三六年五月一一日に申請外播磨鉄鋼株式会社に雇傭されてその従業員となり、同年五月三〇日に六〇〇〇円、同年六月二九日に一万六五〇〇円、同年七月二九日に一万六六〇〇円の各給料の支払いを受けたが、右申請外会社は右七月二九日申請人に対し同日限り解雇する旨の意思表示をした。

二、申請人は右解雇は専ら思想信条を理由とするものであるから不当であると争い、当庁に対して解雇無効等の仮処分命令を申請し、昭和三六年一二月一三日申請人勝訴の判決を受けたが、右申請外会社は大阪高等裁判所に控訴の申立をし、その審理中昭和三七年二月一日付をもつて申請外会社は申請人の属していた運輸部門の営業全部を被申請人に譲渡した。そして右営業の譲渡とともに当該営業部門の労働契約関係もすべて被申請人に承継されているにかかわらず、右申請外会社は申請人の労働契約関係のみはなお申請外会社に残存しているものとして申請人に対しその職場がなくなつたから解雇するとの通告をした。

三、そこで申請人は右申請外会社に対し右解雇通告も前述の不当解雇をあくまで押し進めるための策に過ぎないものであるから無効であると抗争していたところ、大阪高等裁判所は前記控訴申立に対し昭和三八年三月二六日『前記昭和三六年七月二九日にした解雇は申請人の思想信条を決定的理由としてしたものであるから無効であるが、申請人と右申請外会社との労働契約関係は前記営業譲渡とともに被申請人に承継された』旨の理由を判示し申請人の右申請外会社に対する労働契約関係存在確認等を前提とする仮処分申請を却下した。

四、そこで申請人は早速被申請人に就労せしめるよう申入れたけれども被申請人は全然これに応じない。

五、申請人は右申請外会社から一日五四五円の割合による給料を毎月二〇日締切り月末日の前日に支払われていたものであるが、前記昭和三六年七月二九日に解雇を申渡された時から本件不当解雇に対する抗争に身を委ねて来たところ、前記大阪高等裁判所の判決により一審判決が取消されたうえはその日の生計にもこと欠き全く急迫な強暴にさらされている。」と述べた。(疎明省略)

被申請人訴訟代理人は「申請人の本件申請を却下する。申請費用は申請人の負担とする。」との判決を求め、答弁として

「一、申請の理由第一項の事実は知らない。同第二項中申請外播磨鉄鋼株式会社が昭和三七年二月一日附をもつてその運輸部門の営業を被申請人に譲渡したことは認めるが右営業譲渡とともに当該営業部門の労働契約関係がすべて被申請人に承継された事実は否認する、その余の事実は知らない。同第三項の事実は知らない。同第四項の事実は認める。同第五項はすべて争う。

二、被申請人は申請人と全然無縁で不知である。被申請人は昭和三七年二月一日申請外播磨鉄鋼株式会社の運輸部門の営業譲渡を受けて発足したが、その際同社を退職した二七四名を従業員として雇傭したけれども申請人を雇傭した事実はない。申請人と右申請外会社との間にどのような関係があつたかは知らない。

三、仮に申請人と右申請外会社との間に申請人主張のとおりの関係があつたとしても、営業譲渡契約の範囲や内容は契約当事者が自由に合意し得るところであり、本件営業譲渡契約の内容には申請人を承継雇傭する約条は含まれていない。」と述べた。(疎明省略)

理由

一、被申請人会社が昭和三七年二月一日申請外播磨鉄鋼株式会社の運輸部門の営業譲渡を受けたことは当事者間に争いがない。成立につきいずれも争いのない甲第一ないし四号証および乙第一号証と右当事者間に争いのない事実とによると次の事実が一応認められる。申請外播磨鉄鋼株式会社は商事部と運輸部との二営業部門に分れ、前者の部門においては鉄鋼材、鉄鋼二次製品の売買などの事業を、後者の部門においては港湾、運送および回漕陸運荷役などの事業を各営んでいたものであつた。申請人は昭和三六年五月一一日に右申請外会社に雇傭されてその運輸部に勤務し、同年五月三〇日に六〇〇〇円、同年六月二九日に一万六五〇〇円、同年七月二九日に一万六〇〇〇円の各給料を受領したが、同日右申請外会社から解雇する旨の意思表示を受け且つ同年八月一日に未受領分の給料を自宅に届けられた。しかし申請人は右解雇は専ら申請人の思想信条を理由とする無効のものであると主張して争い、当庁において右解雇無効の仮処分判決の言渡を受けてその後も引続き右申請外会社の従業員としての地位を有していたものである。ところが右申請外会社は経営上の都合により、その営業を商事部門(従業員約五〇名)のみにして運輸部門(従業員約三〇〇名)はこれを分離独立することにし、昭和三七年二月一日付で同部門に関する営業設備、資材、得意先など営業組織一切を、右申請外会社の取締役九名のうちの約三名を含む六名をもつてその取締役とし、右申請外会社がその株式全部を有するところの新たに設立された会社である被申請人に譲渡したが、その際同部門で働いた従業員については現職現給のまま従前の既得権を保持して被申請人に承継させることとし、この点につき労働組合の了承を得、全従業員も異議なくこれに同意したので、その雇傭関係は右申請外会社に対し依願退職の形で同年一月三一日限り終了し、翌二月一日付で被申請人に引き継がれた。ところが申請人に対しては運輸部の廃止に伴う前記の取扱いについての通知をしなかつた結果申請人から何らの申出もなく、右申請外会社は昭和三七年三月二八日申請人に対し運輸部が廃止されて申請人を受け入れる職場がなくなつたことを理由に、同月三一日限りで解雇する旨書面をもつて通知した。申請人は右申請外会社に対し右解雇も無効であると主張して争つたけれども、昭和三八年三月二六日大阪高等裁判所は、申請人と右申請外会社との労働契約関係は前記営業譲渡とともに被申請人に承継されてしまつているとの理由で申請人の右申請外会社に対する労働契約関係存在確認等を前提とする仮処分申請を却下した。

以上の事実が一応認定せられる。そして申請人が右大阪高等裁判所の判決言渡後直ちに被申請人に対し就労せしめるよう申入れたけれども応じられなかつたことは当事者間に争いがない。

二、そこで本件営業譲渡と申請人の労働契約関係について検討する。およそ企業の経営組織の変更を伴わないところの企業主体の交替を意味するごとき営業譲渡の場合においては、従前の労働契約関係はこれを新企業主体に承継せしめない合理的な措置(例えば営業の一部譲渡の場合には残存企業への配置転換が可能である)がとられる等特段の事情がない限り当然一体として新企業主体に承継されなければならず、個別的に労働者の引継ぎを除外することはできないものと解するのが相当である。これを本件についてみるに本件営業譲渡は前記認定のとおり、被申請人が申請外播磨鉄鋼株式会社からその運輸部門に関する設備、資材、得意先など営業組織一切を譲受し、被申請人の取締役六名のうち約三名は右申請外会社の取締役をも兼ね、申請人の株式全部は右申請外会社が有する等、形式的に企業主体が交替したとは言え実質的には企業の経営組織の変更がなく、且つその従業員について被申請人に承継させない等特段の措置がとられたものでないから、その従業員は右営業譲渡により当然一体として被申請人に承継されたものと認めるべきである。そして申請人は本件営業譲渡の当時右申請外会社の運輸部における従業員としての地位を有していたことは前記認定のとおりであるから、申請人の右従業員としての地位も他の従業員と同様右営業譲渡により当然被申請人に承継されたものというべくその引継ぎを除外することはできないものといわなければならない。この点に関して被申請人は営業譲渡契約の範囲や内容は契約当事者が自由に合意し得るところであり、本件営業譲渡契約の内容には申請人を承継雇傭する約条は含まれていない旨主張するけれども到底採用することはできない。

しかして昭和三七年三月二八日に右申請外会社がした前記解雇通知は既に従業員でないものに対する意思表示であつて何らの効力もないことは言う迄もない。

三、前記甲第三号証および弁論の全趣旨によると、申請人は前記申請外会社から一日五四五円の割合による給料を毎月二〇日に締切り月末日の前日に受領していたものであり、妻子との三人家族で右給料を除いては他に収入のないことが一応認められ、且つ前記甲第一号証および弁論の全趣旨によると当庁がした前記仮処分判決は、昭和三八年三月二六日に言渡された前記大阪高等裁判所の判決により取消された結果、昭和三八年三月二一日以降被申請人も右申請外会社も申請人に対しその給料を支払つていないことが明らかである。

してみると本案判決確定に至るまで仮に申請人が被申請人の従業員であるとの地位を保全するとともに、被申請人は申請人に対し前記のとおり一日五四五円の割合による給料を毎月二〇日に締切り月末日の前日に支払う必要性がある。よつて申請人の本件仮処分申請を認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九五条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 庄田秀麿 仲西二郎 沢田脩)

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